神様を見たかもしれない

俺無職なんだけど、若い時に稼いだお金がそこそこあって、今は趣味の自転車でそこらフラフラしてんだよ。

そんでまー俺昔結構悪さとかしたからさ。
罪滅ぼしじゃないけど、自転車で回った先々でボランティアとかしてるわけ。完全な自己満足な。

そんでたまに地蔵とか見っけたら御供えしたり、神社とか寺とかあったら清掃させてもらってる。

そんでな。
昨日?日付的にはう一昨日か。
全然民家も公園も空地も見付かんなくて、「野宿かなー」とか思って自転車でウロウロしてたら、山道にスッゲーでっかい樹が生えてたわけ。

小さい神社とかなら御神木張れるクラスのデカさで、ちょうど俺が通ろうとする道をとおせんぼする方を生えてた。

日頃からそういう自然とか成り行きとかに助けられてるボランティア旅だから、「あーもしかしたら今晩はここで泊まれよ的な意味かもなー」なんて思ってその大木の根元に寝袋敷いてその日は寝た。

んでその晩何故か思いの外寝心地良くって、いつもなら朝焼けと共にシャッキリ起きる俺が夕焼けの時間まで寝過ごした。
「ここでもう1泊しようかな」
とも思ったんだけど、さすがにそれは一晩足下貸してくれた大木に悪い気がして、一礼してから自転車に跨がった。

大木を過ぎたらそこから上り坂で、整備なんて殆どされてなかった。
所々元人工物やってましたみたいな木片が散らばってたりする。
暫く上ってったら、ボロっちい神社の本殿みたいな所に着いた。

俺は道中でなんとなく感付いてはいたから、大して驚きはしなかった。
神社が見えて、さっきの大木はきっとここの御神木に違いないと確信した。

昨夜の礼がしたかったから、俺はその神社の清掃をした。
専門的な知識なんてないけど、素人目に汚れているところを片っ端から少しでもマシになるよう磨いて掃いて、神様の通り路?みたいな石畳のとこの雑草を全部抜いて、付近のゴミとか全部集めてゴミ袋に入れて自転車に積んだ。
自分で言うのもなんだが、結構綺麗になったと思う。

で、一通り掃除が終わってからそこを出発しようとした。
さすがに二晩も世話にはなれない。
それにボロっちいとはいえ神社があるってことは、近くに民家か何かしらがあるってことだろ?
俺が本殿の裏から続く下り坂を進もうとしたら、
「おーーーー…」
って、オッサンが犬の遠吠えの物真似してるみたいな声が聞こえた。

後ろ振り向いたら…。
なんて言うのかな、『千と千尋の神隠し』に出てきた川の主?みたいな茶色い骨張った顔のジジイのお面着けたボロい着物の人が、
「おーーーー…」
って言いながら遠くからこっちにフラフラ歩み寄って来てた。
服装は白いカオナシみたいな。
千尋ネタ多くてスマソ。

で、俺硬直。
ジジイが一人で来れるような場所でもないし、何より和服でも洋服でもないよくわからん格好がどう判断していいかを迷わせてた。

ジジイが「おーーーー…」を止めずに、10mくらいかな?距離を取って立ち止まって、ぺこっと頭を下げた。

俺が「???」ってなってるのを気にも留めない様子でジジイはフラフラ歩く向きを変え、本殿の中に消えた。

俺は本殿の正面に回って確認したが、ジジイは居ない。
「もしかしたら妖怪かも」
なんて思って足跡確認しようとジジイが歩いてたとこを見たら、俺が雑草抜いて掃除した石畳だった。

心の中で何か合点がいって、
「そうか。帰りたくても帰れなかったんだな」
と思った。
俺は再びお礼を述べてから、その場を立ち去ろうと下り坂の前に停めていた自転車に触れた。

ら、自転車がスゲー劣化してた。
サドルが穴だらけで虫がわいてて、色んな所が錆びまくってて、ドリンクホルダーのプラスチックはバキバキになってたし、チェーンのオイルもカスカスになってた。

俺が「は?」って漏らした瞬間、俺の真後ろ、誰かがぴったりくっついてる位の距離から
「だぁーッはっはっはっはっは!!!!!!!!!!」
って爆音みたいな笑い声が響いた。
本気で臓器が震えるデカさで、心臓が止まるかと思った。

弾かれたように俺は逃げた。
荷物抱えて自転車引っ張って、後ろを振り向かずに涙目で山を下った。
おしっこはちょっと漏らした。

5月25日のあの晩、皆のお察し通り俺はカプセル内で寝落ちてしまった。
その日行った所でやったお祓いみたいなのが効いたのか、精神的に緊張してたのか、正直メッチャ疲れてた。

翌朝にちゃんと目が覚めた。
体内時計は元に戻ったらしく、疲れもなかった。
とにかく無事に夜を越せたことが嬉しかった。でも一応、時間差攻撃的なアレが来るかもと思うと怖かったから、さっさと荷物まとめてホテルを後にした。
もう四国の土地はさっさと抜けたかったし。

手頃で速い移動方法はないもんかとスマホでググってたら、実家の弟から電話が掛かってきた。
弟は出来のいい奴で、親孝行者で、親に勘当された俺にさえこまめに連絡を寄越してくれる。
いつもの近況報告かなーっと思って電話に出た。

電話の内容(要約)

弟『…兄ちゃん?』
俺「おう、どうした?」
弟『今どこにおる?』
俺「今?四国」
弟『すぐ戻って来られへん?』
俺「へ?なんで?」
弟『親父がヤバいねん』

俺は「そっちにいったか」と思った。あの笑い声を思い出して、胃が縮こまった。
恐怖が甦ったが、家族を狙われた事に対し怒りも沸き上がってきた。
一度「いや俺縁切られてるし…」と言いかけたが、『親の生き死ににまできて何言ってんねん!!』と叱責された。
そらそうだわな。スマン弟。ありがとう弟。

俺は急いでタクシー捉まえて飛び乗った。
もう料金なんていくらでもいいから、逸早く実家に帰り着きたかった。
運転手の爺さんに「もっと上げてくれ!」ってずっと煽ってた。
ごめんな、爺さん。

実家の最寄りの駅でタクシーを止めてもらった。着くまでの間ずっと貧乏揺すりしてた。
遠距離割引がどうのこうのって言って計算している爺さんがじれったかったから、財布の中の札全部ぶん投げた。
煽った詫びだぜ、爺さん。

年甲斐もなく実家まで全力ダッシュして、インターホン連打して弟を呼んだ。
すると弟ではなくオカンが出てきた。
オカンは俺の顔を見るなり渋い顔をして扉を閉めようとしたものだから俺は軽くキレて、
「親の死に目にも会わさせへんのか!!」と叫んだ。

オカンは動きを止めて「はぁ?」と返した。続けて「誰が死ぬねん?」とも言った。

一瞬意味がわからなかった。
もしかすると、と悪い予感が頭を過り携帯を取り出して着信履歴を確認した。
予感はやっぱりだった。
朝の弟からの着信履歴が消えていた。

一応弟に電話を掛けてみた。弟は仕事中だった。
オトンにも電話を掛けて確認したかったが、緊急時とはいえやっぱり直接は憚られるので勤め先に電話した。
オトンも仕事中だった。
誰も何も変わったことはないということだ。

あの仮面の爺の姿がじわじわと鮮明に思い出されてきて、俺はその場から逃げだした。

家からある程度逃げたところで、俺は今現在自分の置かれている状況をよく考えてみた。
もしあの仮面爺に踊らされているとしたら、今さっき仕事中だと確認した電話内容にも何かあるかもしれない。
そう思った俺は、やはりオトンと弟の顔を見るまではここを離れるまいと、二人が仕事から帰ってくるまで実家周りの地区の掃除やゴミ拾いで時間を潰した。

完全に夜になってしまってやることもなくなってから数時間後、弟が先に帰ってきた。
家の前でうろうろしていた俺を見付けて、驚いていた。
今朝自分に電話を寄越したかを尋ねたが、応えは案の定だった。
弟の方からも何をしているのか訊かれたが、もし事の顛末をみな話してしまって弟に何かあったら困る。
オトンに会いに来たとだけ告げて後は何も言わなかった。

暫く待つとオトンが帰ってきた。
オトンはこっちに気付いた様子だったが、眉間にしわを寄せるだけですぐ家の中に引っ込んでしまった。
でも、俺の方はひどく安堵していた。ような気がする。
もしかするとちょっとムカついてたかも。でも、ムカつけるくらい心に余裕ができた。
何もなくて本当によかった。

家族の無事を確認できたのはいいが、あの仮面爺が今夜襲ってこないとも限らない。
栄養ドリンク飲んで徹夜警備に備えながら家の前で仁王立ちしてたら、弟が家から出てきて、家に入れてくれた。
今晩だけでも泊めてやってほしいと、オトンオカンに説得をしてくれたらしい。

家に入れてもらえたはいいが、俺の自室は完全に物置部屋になっていた。
消去法で居間で寝ることになったのだが、そこはオトンがいつも晩酌をしている場所だった。
オトンは俺と目も合わせないで、テレビを観ながら酒を飲んでいた。張り詰めた気まずい雰囲気だった。

落ち着かなかった。
そして何を思ったのか、俺は何か行動を起こさないといけない気がしてきて、オトンの飲む酒を注いでやった。
オトンは、それを決して拒絶しなかった。
それが嬉しくて、俺の緊張は一気にほどけた。

翌日、オトンが倒れた。

原因不明の高熱で緊急搬送された。
意識も朦朧として、かなり危ない状態だった。

…ほんの数時間だけ。オトンは一瞬で復活した。
夕方には平熱に戻り、自分で立って病院内をウロついていた。
病院の先生も俺達もポカーンってしてた。

早く帰らせろとうるさいオトン。
でもまぁ、一応精密検査しましょうって先生が提案する。
オカンも俺も弟も、それがいいと推した。
オトンはブツクサ言いながら検査の為に一日入院した。

翌日(俺はちゃっかり実家に泊まった)、検査を終えたオトンはまーよく喋った。
MRIがうるさいだの、バリウムがヨーグルト味だの、看護師の採血が下手だっただの。
小学生かおのれは。

そんな話をしていたら、俺達は先生に呼び出された。
オトンの検査の結果についてらしかった。

先生「率直に言います。オトンさん癌です」
俺達「えっ!!?」
先生「癌といっても初期の初期です。自覚症状はまずありませんし、今から治療すれば全く問題ありません。転移していないかの検査もおすすめしますが、まぁまずしていないでしょう」
俺達「は、はぁ…」
先生「不幸中の幸いでしたね」

それと、最後に書いておきたいんだけど、旅を再開する前の晩にまたちょっと不思議なことが。
「あと一年、自由に、楽しんで、するべきことをしろ」
みたいなことを、あの爺の声で言われる夢をみた。

だから俺はあと一年、このボランティアの旅を続けたら、実家に戻って親孝行しようと考えている。